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エジプト文明の特徴は?|発展した場所やピラミッドについて

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エジプト文明は名前の通り、現在のエジプトの場所で生まれた文明です。このナイル川流域で生まれたエジプト文明について、この記事では説明していきます。

 

エジプト文明の特徴

 

ギリシャの歴史家であるヘロドトスは「エジプトはナイルのたまもの」という形で、エジプトを表現しました。

 

ナイル川は一定の頻度で洪水を起こし、被害もありましたがその洪水により、豊かな土壌をエジプトに与え、農業が栄えるきっかけとなりました。この洪水後に、土地が誰のものか分かるように、エジプト文明では、測地術も発展しました。

 

また古代エジプト初期には、ノモスという集落でき、その後ノモスは小国家に発展することになります。このようなエジプト文明ですが、紀元前3100年頃、王(ファラオ)によるエジプト統一国家が初めて作られました。

 

エジプト文明を細かく見ていくと、3つの期に区分することができます。期の名前と対応した都をセットに紹介していきます。

 

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古王国(紀元前27世紀~紀元前22世紀) 都:メンフィス

 

メンフィスはナイル川の下流に位置し、当時、古王国のファラオは自らを生ける神として、神権政治を行っていた。その中で、メンフィス北側にあるギザに、クフ王のピラミッドが作られたのもこの時期になります。

 

ピラミッド

 

王が自分の力を見せつけるために建設されたと思われていましたが、今ではピラミッドは公共事業の1つなのではという説がでてきました。

 

ピラミッドはクフ王、カフラー王、メンカウラー王の3大ピラミッドが有名ですが、中でもクフ王のピラミッドは最大の138mの高さがあります。

 

中王国(紀元前21世紀~紀元前18世紀) 都:テーベ

 

中王国に時代が移っていくと、信仰の対象はテーベの守護神アモンとなりました。このような中央国ですが、遊牧民ヒクソスという民族が表れ、馬と戦車を用いて、エジプトを圧倒しました。

 

ヒクソスに一時的に支配されたものの、エジプト中王国は馬や戦車という武器を導入し、再びエジプト全域を統一することができました。

 

新王国(前16世紀~11世紀) 都:テーベ

 

中王国で遊牧民ヒクソスを追放し、エジプト新王国が立ち上がりました。この新王国の前提として、古代エジプトの宗教は、太陽神ラーを中心とする多神教でした。当時はアモン=ラー信仰が盛んで、アモンとは都のテーベの守護神のことを指しています。

 

ところが、アモンラー信仰を担う神官の権力が強くなることを、アメンホテプ4世という王は問題視していました。つまり神官の権力増加によって王の権力が弱まることを気にしたんですよね。

 

アメンホテプ4世

 

そのためアメンホテプ4世は以下のことを行いました。

 

  1. アモンが首都テーベの守護神であることから、首都をテーベからテル・エル・アマルナに遷都します。
  2. またアモンに関わる名前のアメンホテプ4世から、イクナートンに改名する
  3. 3つ目に他の神ではなく、唯一神アテンを信じろと言いました。

このような3つの事を行い、多神教から一神教への変革を行おうとしましたが、アモン神信仰は、終わらずこの計画は失敗に終わりました。この一連の流れをアマルナ革命と言います。

 

このような3つの期に分けて、死者の書、ミイラ、神聖文字ヒエログリフという技術も発展しました。

 

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このように発展をしてきたエジプト文明ですが、紀元前1274年にヒッタイトと戦うことになります。この戦いをカデシュの戦いと言い、ヒッタイト領アムルに、エジプトが侵入したきっかけで、エジプトとヒッタイトの間で戦争が起こりました。

 

このカデシュの戦いは、最古戦争であり、最古の平和条約を結んだ戦争としても、有名です。

 


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